大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和40年(そ)3号 判決 1965年5月10日

請求人 李相徳

決  定

(請求人氏名略)

右の者から刑事補償法による補償の請求があつたので、当裁判所は検察官及び請求人の意見を聞いたうえ、次のとおり決定する。

主文

請求人に対し金六八、五〇〇円を交付する。

理由

本件請求の要旨は、「請求人は、同人に対する広島地方裁判所昭和三八年(わ)第五二四号窃盗被告事件につき、同地方裁判所において昭和三八年一二月二六日無罪の判決言渡を受け、右判決は昭和四〇年四月一三日確定したのであるが、請求人は右事件のため、昭和三八年八月一二日勾留状の執行を受けてから、右無罪判決の宣告日である同年一二月二六日までの一三七日間にわたる拘禁を受け、精神的に甚大な苦痛を蒙つたので、刑事補償法の定めるところにより右拘禁日数に対する同法所定の補償金額の最高額である一日金一、〇〇〇円の割合による合計金一三七、〇〇〇円の刑事補償金の交付を求める。」というのである。

よつて、本件記録並びに取寄せの関係記録を精査するに、請求人は、「共犯者三名と共謀のうえ、昭和三八年八月一〇日午後〇時一〇分頃、国鉄広島駅に停車中の列車内において、乗客のズボンのポケツトから現金三七、三〇〇円等在中の皮財布一個を掏り取つた。」という窃盗被疑事実により、昭和三八年八月一〇日司法警察職員に相当する職務を行う鉄道公安職員によつて現行犯人として逮捕され、次いで同年八月一二日広島地方裁判所裁判官の発付した勾留状の執行を受けたが、当初から捜査官の取調べに対し右被疑事実を否認し、同年八月二一日同裁判官によつて勾留期間が同年八月三〇日までに延長されて勾留中のまま、同年八月三〇日右窃盗被疑事実により、広島地方検察庁検察官事務取扱副検事から広島地方裁判所に公訴が提起され、同地方裁判所昭和三八年(わ)第五二四号窃盗被告事件として係属し、同年一〇月二三日勾留更新決定がなされて、同年一〇月三〇日から一か月勾留が更新継続されて審理中、同地方裁判所において同年一一月四日付の審判併合決定により、右事件と関連する請求人に対する小倉簡易裁判所昭和三八年(ろ)第一五〇号窃盗被告事件(同年四月二二日起訴)を広島地方裁判所昭和三八年(わ)第七三六号窃盗被告事件として、同人に対する前記の窃盗被告事件(同地方裁判所昭和三八年(わ)第五二四号)に審判が併合され、(審判が併合された右小倉簡易裁判所昭和三八年(ろ)第一五〇号窃盗被告事件について、請求人は昭和三八年四月一一日現行犯人として逮捕された後、同年四月一三日勾留され、起訴された後の同年五月二四日付小倉簡易裁判所の保釈許可決定により、同年六月八日釈放されていた。)さらに同年一一月二五日同地方裁判所において勾留更新決定がなされて、同年一一月三〇日から一か月勾留が更新継続され審理されたところ、請求人は、同年一二月二六日、昭和三八年(わ)第五二四号の窃盗に関する公訴事実につき証拠不充分により無罪の判決を、同年(わ)第七三六号の窃盗に関する公訴事実(小倉簡易裁判所昭和三八年(ろ)第一五〇号)につき懲役三年(未決勾留日数中二〇日を算入)に処する旨の有罪判決を受け、その結果無罪判決により請求人に対するその勾留状の効力がなくなつたが、右の有罪判決により禁錮以上の刑に処する判決があつたとして、昭和三八年(わ)第七三六号窃盗被告事件(小倉簡易裁判所昭和三八年(ろ)第一五〇号)に関する保釈が効力を失い、判決宣告日の同年一二月二六日収監され、右判決のうち、無罪部分については同年一二月二八日検察官から事実誤認を理由に、有罪部分については昭和三九年一月九日請求人から量刑不当を理由に、それぞれ広島高等裁判所に対し控訴の申立がなされ審理されたところ、昭和四〇年三月二九日これに対し控訴棄却の判決が言渡され、右判決のうち、無罪部分については上告の申立もなく法定期間の経過とともに同年四月一三日確定し、有罪部分については請求人から同年四月一二日最高裁判所に対し上告の申立がなされたが、上告の取下によつて同年四月二〇日確定するに至つたこと、及び請求人は右無罪部分の公訴事実のため、前記のように現行犯人として逮捕されてから、右無罪の判決が宣告された日まで引続き一三九日間拘禁されたことが認められる。

そこで、請求人に対し刑事補償をなすべきか否かを検討するのに、検察官は、請求人は一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受け、他の部分について有罪の裁判を受けた場合にあたるから、刑事補償法第三条第二号により請求人に対する刑事補償は相当でない、と主張する。

ところで、刑事補償法第三条第二号によれば、無罪の判決を受けても、併合罪の関係にある他の部分について、一個の裁判で有罪の裁判を受けた場合には、裁判所はその健全な裁量により補償の一部又は全部をしないことができるのであり、右の規定は、例えば併合罪の関係にある両罪の被疑事実により勾留され、そのうちの一罪につき無罪の判決が確定した場合のごときに典型的な事例として適用されると共に、また併合罪の一部について勾留されている場合には、通常他の罪によつて重ねて勾留することなく手続が進められる結果、その勾留が併合罪の関係にある他の罪のための勾留ともみられる限り、そのいずれかの罪につき無罪の判決が確定した場合、その実質的な関係を考慮して、右規定が適用されるのであるが、これに対し併合罪の関係にある各事実につき、勾留がそれぞれ日時を異にして無関係に行われたため、有罪の裁判を受けた罪が刑事補償を請求している拘禁(勾留)と何ら関係のない場合、換言するならばその勾留が有罪の裁判を受けた公訴事実のために利用されたものと認められない場合には、同法第三条第二号に該当しないと解すべきであるところ、これを本件についてみるに、前記認定のとおり請求人は有罪の判決を受けた罪につき先ず逮捕・勾留されて、小倉簡易裁判所に起訴され、その後保釈許可決定により釈放され、その保釈中に、無罪の判決を受けた被疑事実により逮捕・勾留されて広島地方裁判所に起訴され、その後右両罪の審判が広島地方裁判所において併合され、前認定のごとき経過並びに内容の判決が確定したのであつて、右事実関係からすれば、有罪の判決を受けた公訴事実と刑事補償の対象としている勾留とは関係のないことが明らかであり、右勾留は形式的並びに実質的にも専ら無罪の判決を受けた公訴事実についてのみに行われたものと認められるから(審判が併合された後の勾留について、やや疑問なしとしないが、右認定事実のもとにおいては同様に解するのが相当である。)、刑事補償法第三条第二項の場合に該当しない。

そうだとすれば、他に、刑事補償の消極的要件たる事情が認められない本件において、請求人は刑事補償法の定めるところにより、国に対しその受けた前記一三七日間の全部の拘禁(逮捕中の分は請求していないから、その二日間の拘禁を除く)に応じた補償を請求できるものといわなければならず、もとより国は請求人に対し右拘禁につき補償をなすべきものであることは明らかである。

そこで、請求人に対する補償額を考えてみるのに、請求人は右各拘禁日に対し法定補償金額の範囲内における最高額の割合による補償を請求しているが、当裁判所は、請求人の経歴、職業、資産、収入その他刑事補償法第四条第二項に定める各事由並びに諸般の事情を慎重に考慮して、請求人に対し一日金五〇〇円の割合による右拘禁日数一三七日間に対する合計金六八、五〇〇円の補償金を交付するのを相当と認める。

よつて、同法第一六条前段により、主文のとおり決定する。

(裁判官 野口頼夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例